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博物館のアクションを通じて、アジアの人権の認識と尊敬を促進する
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最新 ニュース

最新ニュース

2023-09-15

作者の紹介 巴秀芬(バ・シウフェン)、魯凱(ルカイ)族。 民族の固有名はDresedrese.Celrevege。台湾屏東県霧台郷吉露部落(集落)出身。現屏東県霧台郷立中正図書館館長及び屏東県霧台郷ルカイ族文物館館長。   展示会場の紹介 屏東県霧台郷ルカイ族文物館は2000年12月19日に正式に開館した。「石板屋」と呼ばれる伝統的な石板積み工法で建てられ、伝統工芸品など124点を収蔵している。伝統的生活用品や精巧な織物や刺繍製品、木彫品、石彫品などの工芸品の展示は、外観と合わせて、ルカイ族の文化が凝縮された静的な縮図だと言える。訪れた人々がルカイ族の文化を理解し、鑑賞できる場所であり、さらに文化の恒久的な保存と民族教育を目的とした機関でもある。また、民族にとってもアイデンティティと帰属感の拠り所であり、彼らの伝統文化を伝承している。     ルーツを記す-Lawbubulu里帰り特別展からKialreba霧台特別展に寄せて 2017年から国立台湾博物館(以下"台博館"と略す)と屏東県霧台郷ルカイ族文物館が協力して「Lawbubulu魯凱の宝物-台博館から霧台郷へ百年を超えた里帰り特別展」を準備した。「Lawbubulu」はルカイ族語で、実用的な機能や社会的意味を持つ工芸品を指す。この展示は台湾原住民族の一つ、ルカイ族に関する国内初の大規模な伝統文物の展示であり、百年間伝えられてきたルカイ族の祖先の生活用品と礼器が初めて故郷を離れ、また自分の故郷に戻る旅となった。今回の展示準備で台博館と魯凱族文物館が展示品リストを整理するにあたり、長老が台博館の倉庫に入って検査し、会議を開いて展示物を選び、フィールドワークを行った。兩館双方が協力して展示物の内容を解釈しては何度も会議で討論し、展示方法、開幕式、ボランティア研修などの準備作業を進めた。特に民族の長老たちに文化財の意味を尋ね、どのように呼ばれているか、どのように使われているのか、また、どのように作るかなどを尋ねたることができたので、今回の特別展が文化財解釈においても重要な資料となった。展示企画チームは彼らと生活を共にし、長老を取材してフィールドワークを行い、彼らの伝統文物の背後にある物語、文化的、象徴的な意味を理解することに努めた。インタビューでは、長い間使われなかった、あるいはほとんど忘れられていたルカイ族の語彙を収集することができた。これは単なる展示準備というだけでなく、一つ民族が自分のルーツを探す道のりでもあった。

2023-09-15

著者:FIHRM-APウェブサイト編集部   民族間の和解と融和を促進する – オーストラリアにおける各博物館の和解の—ための活動計画枠組みについて語る 先住民族(Indigenous Peoples)とは、「ある土地で最初から暮らしていた人々」を指す。彼らは自分の言葉と文化、信仰、そして知識体系を持ち、独特な社会、経済、政治制度を形成しながら、居住する土地と深いつながりを持っている。[1]しかし、近代帝国主義に植民地主義の考えが加わったことで、先住民族は歴史の中で外来政権に抑圧されて不利な立場に置かれているグループとなった。そして未だに、社会の中でも政治的代表性に欠け[2]、社会奉仕の機会が少なく、言葉と文化が失われていくなど、多くの困難に直面している。如何にして「困難な歴史(Difficult History)」に改めて向き合い、先住民と非先住民とが和解を促進することによって文化的、政治的、社会的繋がりを強め、状況を改善していくかが、人権問題の実践における重要な一部分である。

2022-11-28

気候変動というテーマについて、博物館が入館者の橋渡し役となるようにもう一歩踏み込むと、具体的にはどのようなことができるだろうか。国際人権博物館アジア太平洋地域連盟(以下FIHRM-AP)は、今年のICOMプラハ大会のメインテーマ「博物館の力」(The Power of Museums)に対応し、2020年の移動人権共同学習によるエンパワーメントモデルを引き継いで「気候変動と人権に関する問題」をテーマとする一連の共同学習活動を展開した。毎月の集まりによる実際のリサーチとワークショップ等の形式で5カ月間討論を続けたのだ。今回FIHRM-APは、12団体のNGO組織[1]及び9カ国の国立博物館2から関係部署を招待し、双方が気候と人権の問題のために共に行動を起こした。  

人権の諸論

2023-08-29

私の仕事 私は、公益財団法人アイヌ民族文化財団の文化専門職員として、民族共生象徴空間ウポポイで働いています。ウポポイは、北海道の南、白老町に建てられている文化機関で、アイヌ文化に特化した初めての国立施設です。 ウポポイの設立目的は、「アイヌ文化の復興・創造等の拠点」であること、また、「将来に向けて先住民族の尊厳を尊重し、差別のない多様で豊かな文化を持つ活力ある社会を築いていくための象徴」であることです(ウポポイWEBサイトから抜粋)です。ウポポイの中には、「国立アイヌ民族博物館」、と「国立民族共生公園」があります。この「公園」はフィールドミュージアムになっていて、体験交流ホール、学習館、工房、昔の生活風景を体感できる伝統的コタン等の各施設で、アイヌ民族の歴史や文化、衣食住、そして芸能や工芸について、体験を通して学ぶことができるプログラムなどが設けられています。 ウポポイは2020年にオープンしました。その背景には、長い時間をかけてアイヌ民族がようやく日本の法律で「先住民族」であると定められたことがあります。国立施設としてはまだ開館して3年ですが、もともと白老には、アイヌ自身が運営してきた私立博物館「アイヌ民族博物館」があり、博物館の目の前にあるポロト湖にちなんで「ポロトコタン」(コタンはアイヌ語で「集落・村」)と呼ばれていました。北海道にはこうしてアイヌ自身が文化を紹介するために作った博物館や観光地がいくつもありますが、その中で白老が国立施設の建設候補地として選ばれたのです。2018年に国の機関である公益財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構と、ポロトコタンを運営していた一般財団法人アイヌ民族博物館が合併し、現在の運営体制となりました。 私は、合併する前の一般財団法人アイヌ民族博物館に、2013年4月から働いています。現在ウポポイでの主な業務として、昔の生活風景を体感できる「伝統的コタン」エリアに所属して、来園者に対し、アイヌ民族の伝統的な暮らしに関わることの解説や、アイヌの伝統芸能の紹介などを担当しています。

2022-11-28

作者紹介:【駒井忠之】 1972年日本国、奈良県御所市生まれ。1998年の水平社博物館開館から学芸員として勤務し、2015年館長に就任。国際人権博物館連盟や「世界の記憶」などの事業を通して水平社創立の思想を世界に発信している。神戸女学院大学で人権論を担当している。共著に、新版『水平社の源流』(解放出版社、2002年)、『水平社宣言の熱と光』(解放出版社、2012年)、『近代の部落問題』(『講座 近現代日本の部落問題 1』、解放出版社、2022年)。 博物館紹介:【水平社博物館】 1998年5月、全国水平社発祥の地、奈良県御所市柏原に開館。人権文化の振興と人権思想の普及に資することを目的に、あらゆる差別問題や人権に関する情報を発信している。 2015年9月、ニュージーランドのウエリントンで開催されたFIHRM(国際人権博物館連盟)の大会に参加し、同年12月に日本の機関として初めてFIHRMに加盟した。以降、人間の尊厳と平等を求めた水平社創立の思想を世界中の人々と共有する取り組みを展開している。 2016年5月に「水平社と衡平社 国境を越えた被差別民衆連帯の記録」(水平社博物館所蔵史料5点)がユネスコのアジア太平洋地域「世界の記憶」に登録されたことを、ICOM(国際博物館会議)ミラノ大会やFIHRMロサリオ大会(アルゼンチン)でアピールし、現在その国際登録をめざしている。水平社創立100周年の2022年3月3日にリニューアルオープンした。 はじめに 全国水平社は人間の尊厳と平等を求めて、1922年3月3日、京都市公会堂で創立されました。その中心を担ったのは現在の奈良県御所市柏原で生まれ育った青年たちでした。 全国水平社の創立は、部落差別撤廃、自由と平等、人権の確立をめざす部落解放運動の原点であり、その精神は水平社運動に身を投じた諸先輩から連綿と受け継がれてきました。その闘いの歴史を後世に伝えるため水平社歴史館(1999年に水平社博物館と改称)は、水平社発祥の地である柏原に、全国からの寄附を基に1998年5月に開館しました。 共感を呼ぶ創立の理念 「人間を尊敬する事によって自ら解放せん」と叫び、「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と発信された全国水平社創立宣言は、日本で初めての、また被差別当事者が発信した世界初の人権宣言と言われています。あらゆる人間のアイデンティティが肯定される社会を創造し、差別を許さない社会をともに構築していこうという水平社の創立理念は、部落の人びとだけではなく多くの人びとの共感を呼び、在日朝鮮人やウチナーンチュ(沖縄人)、アイヌ民族やハンセン病回復者らの自主的な人権回復運動の展開にも刺激と勇気を与えました。さらに、朝鮮の被差別民「白丁」(ペクチョン)にも影響を与え、1923年4月には「白丁」を中心として衡平社(ヒョンピョンサ)が創立されました。水平社と衡平社が連帯を求めて交流したその歴史は、人類の普遍的原理である人権、自由、平等、博愛、民主主義を基調とした記録で、その交流を示す史料が「水平社と衡平社 国境を越えた被差別民衆連帯の記録」として、2016年にユネスコのアジア太平洋地域「世界の記憶」に登録されました。また、水平社の創立は海外のメディアからも注目され、アメリカの雑誌『The Nation』は、1923年9月5日付の記事で水平社宣言の英語訳を掲載し、紹介しました。 水平社が解消を目指した部落差別とは 全国水平社創立宣言を理念として全国水平社が目標としたのは、被差別マイノリティである部落民に対する部落差別からの解放でした。部落差別とは、日本における前近代身分制社会の“穢多”身分とされた人びとに対する身分差別に淵源をもち、日本近代国家によって法的身分制はなくなり、また1871年には“穢多”身分は廃止されたものの、近代市民社会において新たに再編成された部落民に対する差別によって生み出された日本社会固有の社会問題です。この部落差別は、インドなどのカースト制度において“不可触民”、“アウトカースト”または“ダリット”と呼ばれた被差別カーストの人びとへの差別との類似性が指摘されています。 また、部落差別は1946年11月に公布された日本国憲法第14条において“社会的身分又は門地”に関わる差別と位置づけられ、1965年12月に国際連合第20回総会で採択された人種差別撤廃条約においては“世系”に関わる差別と位置づけられるように、その解決が現在においても国内的かつ国際的に重要な課題となっている人権問題です。 日本は1868年の“明治維新”によって近代国家として出発しましたが、前近代における身分差別は新たな差別秩序に再編され、近代市民社会の中で部落民に対する差別は継続されていきました。とくに1900年頃から部落差別は厳しさを増し、政府などによる上からの部落改善や部落民と部落外の人びととの融和が取り組まれるようになりました。 しかし、これらに満足しなかった部落民は、第一次世界大戦後に各地で自ら決起して部落差別からの解放を実現しようと、自由、平等、博愛をめざした自主的な解放運動を開始しました。この部落民の自主的な解放運動を展開したのが全国水平社でした。 人間の尊厳の実現へ 1942年に全国水平社は法的に消滅しましたが、水平社の人間の尊厳と平等を求めた創立理念はその後も継承され、部落解放運動は継続されてきました。 1948年に人権尊重の原則を定めた世界人権宣言が採択され、人権確立の潮流は、1995年「人権教育の国連10年」、2005年国際連合の「人権の主流化」提唱など大きなうねりとなり、世界の共通認識になりつつあります。さらに、2015年の国連サミットにおいては、誰一人取り残されることなく、地球上のすべての人が豊かで幸せに暮らせる未来を創造しようと、SDGs(持続可能な開発目標)が全会一致で採択されました。持続可能な社会のために17の目標と169のターゲットを設定するSDGsは人権がキーワードとなっており、「人間性の原理に覚醒し人類最高の完成に向って突進す」とする水平社の「綱領」の思想と通底しています。日本で初めて国際人権博物館連盟(FIHRM)に加盟した水平社博物館は、「世界の記憶」やFIHRMの活動を通じて水平社の理念を世界に発信しています。 展示や人権情報の発信を通して人間の尊厳を実現しようとしている水平社博物館の活動は、さまざまな組織や団体の協力によって支えられ、推進されています。博物館の地元である柏原では、自治会を中心に各種団体で構成された水平社博物館地元協力会が1999年に結成されました。地元協力会は、来館者を暖かく歓迎しようと、博物館に近接する公園の整備をすすめ、植栽などをすすめています。 また、博物館が開催する事業を促進、支援するとともに、博物館の維持、発展に寄与することを目的に、奈良県内の教育、運動、宗教、企業、労働組合などの団体によって、水平社博物館協賛会が結成されました。協賛会の加盟団体のひとつで、水平社運動の精神を基盤として部落解放運動を継承している部落解放同盟奈良県連合会は、水平社博物館の入館券を毎年一定数購入し、博物館への来館を促進しています。さらに水平社創立100周年記念事業となった水平社博物館の展示リニューアルにあたっては、協賛会などと協働して展示内容の検討に取り組み、さまざまな視点からの意見を取り入れられたことによって、より充実した展示内容となりました。その結果、多くの見学者から感銘を受けたとの感想が寄せられています。 さらにリニューアルしたエピローグコーナーでは、著名人が遺した心に響く言葉や、一般市民から寄せられた「心に残った言葉」を展示しています。水平社が発信した「もっと暖かい人の世を」など、白い空間の壁面に固定の言葉を展示し、さらに壁面に設置した5台の大型ディスプレイでは来館者の心を打つ言葉が次々と浮かんでは消えていきます。「言葉の美術館」と名付けたこのコーナーでは、「心に残った言葉」を今後もひろく公募することにしています。誰もが参画できるこのコーナーが、人間の尊厳を実現するそうした想い共有する空間になることを願っています。 もっと暖かい人の世を 1922年の水平社創立以降、部落差別を撤廃する運動は、国内外の人権を確立する動きとともに100年にわたって展開されてきました。しかし現在においても日本では、全国水平社を創立した被差別マイノリティに対する差別が結婚や不動産の契約などで表面化し、完全に払拭されたとは言い難い状況にあります。 また、部落との関りを忌避する人々の誤った意識に乗じ、そうした意識を悪用して、例えば、部落問題に対する理解が足りないなどという理由で難癖を付けて高額の書籍を売りつけるなど、部落問題を口実にして、不当な利益や義務のないことを求める行為が横行しています。こうした行為が偏見や誤った意識を植え付ける原因にもなっています。さらにインターネット上では、部落を誹謗中傷する内容の書き込みが絶えず、差別を助長する原因となっています。 こうした状況を鑑み、国内においては2016年に「部落差別解消推進法」、「障害者差別解消法」、「ヘイトスピーチ解消法」の「人権三法」が新しく制定されました。さらに2019年には「アイヌ施策推進法」も施行されました。 このような部落差別の現状や人権に関する動向を見据えながら、人権運動相互の絆、まちづくりによる人の絆、差別克服への努力を基軸にした部落解放運動が、奈良から新しく発信され展開されています。水平社博物館もこの運動と協働して人権情報発信基地としての役割を担い、全国水平社の人間の尊厳と平等を求める理念、差別を許さない不屈の精神を継承し、その想いを未来につないでいます。 「もっと暖かい人の世を」と願い、その実現をめざした水平社創立の思想を共有し、誰もがありのままの自分で、リラックスして生きていくことができる寛容で包摂的な社会をともに創造していきましょう。 水平社博物館に来館されたみなさんが、この想いに共感し、賛同くださると私たちは確信しています。 「人の世に熱あれ、人間に光あれ」。   【資料】 1922年3月3日に開催された水平社の創立大会で採択された「綱領」と「宣言」 ※後日英訳を送ります   綱領 一、特殊部落民は部落民自身の行動によつて絶対の解放を期す 一、吾々特殊部落民は絶対に経済の自由と職業の自由を社会に要求し以て獲得を期す 一、吾等は人間性の原理に覚醒し人類最高の完成に向つて突進す 宣言 全国に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ。 長い間虐められて来た兄弟よ、過去半世紀間に種々なる方法と、多くの人々とによつてなされた吾等の為めの運動が、何等の有難い効果を齎らさなかつた事実は、夫等のすべてが吾々によつて、又他の人々によつて毎に人間を冒涜されてゐた罰であつたのだ。そしてこれ等の人間を勦るかの如き運動は、かへつて多くの兄弟を堕落させた事を想へば、此際吾等の中より人間を尊敬する事によつて自ら解放せんとする者の集団運動を起せるは、寧ろ必然である。    兄弟よ、吾々の祖先は自由、平等の渇仰者であり、実行者であつた。陋劣なる階級政策の犠牲者であり男らしき産業的殉教者であつたのだ。ケモノの皮剥ぐ報酬として、生々しき人間の皮を剥取られ、ケモノの心臓を裂く代価として、暖い人間の心臓を引裂かれ、そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた呪はれの夜の悪夢のうちにも、なほ誇り得る人間の血は、涸れずにあつた。そうだ、そして吾々は、この血を享けて人間が神にかわらうとする時代にあうたのだ。犠牲者がその烙印を投げ返す時が来たのだ。殉教者が、その荊冠を祝福される時が来たのだ。 吾々がエタである事を誇り得る時が来たのだ。 吾々は、かならず卑屈なる言葉と怯懦なる行為によつて、祖先を辱しめ、人間を冒涜してはならぬ。そうして人の世の冷たさが、何んなに冷たいか、人間を勦はる事が何んであるかをよく知つてゐる吾々は、心から人生の熱と光を願求礼讃するものである。 水平社は、かくして生れた。 人の世に熱あれ、人間に光あれ。 大正十一年三月 水平社

2022-11-28

前書   FIHRM(国際人権博物館連盟)成立の主旨は、人々に人権議題への関心を高めてもらうように、博物館として積極的に民主主義とそれを含む問題に取り組むことである。2022年のFIRHM大会は、ノルウェー民主主義と人権博物館ネットワーク(Demokratinetverket)の主催で九月にオスロで行われた。三日間の会議の場所に選ばれたのは、民主主義と人権の象徴として重要な、オスロを代表する場所-エイズボル憲法博物館(Eidsvoll 1814)、ノルウェー平和センター(Nobel Peace Center)、そしてユダヤ人大虐殺と少数民族研究センター(HL-center)であり、格別な意義が含まれていた。 会議で主に討論されたのは、人権と民主的考え方が圧迫を受けた場所で、慎重に多面的な見地からどのように人権博物館の自主権と柔軟性を捉えるか、政府とコミュニティはどのように協力し又どのような圧力に向き合って発展するべきか、そして博物館は人々が役割を果たす上で何ができるかであり、そのような話題に議論が深まる活動が展開された。第二部では、現在世界中にある人権博物館の現状を説明し、さまざまな角度から社会、文化と政治の中で許容され或いは排斥されている問題を解決するにあたり、人権博物館の実行可能な方法と策略を建言した。参加者はヨーロッパ、アジア及びアメリカにわたるが、FIRHM-AP主席兼台湾人権博物館館長・洪世芳とFIRHM-APの一員であるチベット博物館のテンジン・トップデン館長もその盛大な会議に出席した。 博物館が直面する人権問題への内外の圧力とその挑戦 全ての人間が平等であるという考え方は、理想的な社会には不可欠な精神だ。しかしながら、ユートピアへの道は依然として険しいものがある。初日の会議では、ICOM国際倫理委員会(IC倫理)主席でありベストアグデル・ミュージアム(Vest-Agder Museum)のベテランキュレーター、キャサリン・パブスト(Kathrin Pabst)氏は、人権博物館は挑戦していけると示している。博物館が直面している五つの圧力、それは同僚間の揉め事、過去を抹消する試み、突如襲いかかる政治の干渉、戦争による破壊、そして国の文化遺産保護という企てである。これらの圧力の源は外部と内部に分かれており、内部は博物館組織内部の人間から、外部は現地の社会や政府から来ている。 けれども、危機は転機にもなりうる。人権博物館は課題に直面しているが、圧力は前進を後押しする可能性を秘めているのだ。欧州博物館フォーラム(European Museum Forum)理事会会長―ジェット・サンダール氏は、博物館がその可能性にどう対応するかを手引きするために、 多くの圧力と危機に直面する上でさらに一致団結を強め、何世紀かにわたって続いてきたアメリカ例外主義に囚われないよう努力すべきであると語った。自らが描いた円の中に留まらず、勇気を持って快適な圏内から踏み出して欲しい、そして人権において例外はないのだから、一緒に前進するパートナーを探してほしいのだ。博物館スタッフには、勇気を出して内部の各部署が権力と共謀する風潮に影響されやすい気質に反対し、固い信念を持ってその役割を発揮することで、困難と問題に立ち向かって欲しいのだ。    このような一致団結の精神を如何に博物館で具現させていくかについて、次に、リバプール国家博物館(National Museums Liverpool)とレスター大学(University of Leicester)の学者らによる実践の案例を示す。 博物館の異業種交流による港湾地区改造計画    リバプール国家博物館とレスター大学は、港湾地区改造計画の展開について討論を行った。当計画は、その役割を果たす様子が顕著に見られる最適のケースであり、各方面と協力して共に地域コミュニティの発展を促し、平等な社会の実現に邁進している。 港湾地区改造計畫は、博物館が現代社会とつながりを保ち、リバプールを象徴する港から出発して歴史や遺産、コミュニティと観光とを結びつけるためのものだ。観光客にとってはさまざまな体験ができるようになったほか、付近のコミュニティで環境改善を促進する役目も果たしている。一カ所の博物館との単なる提携業務にとどまらず、現地の人々にも力も貸してもらい、共に新旧融合を果たした街づくりを行ったのだ。