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コロナ禍のインドネシアにおける人権の実現

作者紹介:エルパン・ファリアディ(Erpan Faryadi)

エルパン・ファリアディ(Erpan Faryadi)は、リンク・エーアール・ボルネオ(Link-AR Borneo)という団体のプロジェクトマネージャーである。正式名称を「ボルネオ州のアドボカシーと研究のグループ(Advocacy and Research Circle of Borneo)」というこの団体は、西カリマンダン地区(West Kalimantan)の民主と人権、自然資源、気候変動そして人民の権利を擁護するために活動し、教育と研究に努めている。

リンク・エーアール・ボルネオ

リンク・エーアール・ボルネオ(Link-AR Borneo)は、2009年4月2日に成立したNGOで、正式名称は「ボルネオ州のアドボカシーと研究    のグループ(Advocacy and Research Circle of Borneo)」である。採掘産業による土地、森林及びそこに含まれる天然資源をめぐる大きな問題に対処するためのアドボカシーを行う目的で設立された。世界の巨大産業に供給するために原材料の必要性を優先するという、政治経済的利益によって引き起こされた問題だ。これらの状況は、豊富な天然資源を有するボルネオの大地と密接に関係している。上記の状況を鑑み、リンク・エーアール・ボルネオは、証拠に基づくアドボカシーを開始し、その方向性は、地域社会の利益と持続可能な生態学的正義と明らかに一致している。その後も積極的に、人権の支持と擁護、公正で持続可能な森林と土地管理の改革、そして関連する地域社会の独立を奨励することに取り組んできた。


今こそ、インドネシア政府のコロナ対策と措置、人権の尊重を含めそれらが人々にどのような影響を与えているかを評価する絶好の機会である。

2020年の1月から3月にかけて、インドネシア政府の官吏は新型コロナウイルス感染症の拡大に対して真剣に対応せず、ウイルスを過小評価したばかりか、ウイルスの存在をも信じていなかった。同じ頃、インドネシア副大統領は宗教指導者の祈りがあれば、コロナウイルスはインドネシアに降りかかることはないと述べた。ジョコ・ウィドド大統領でさえ「インドネシア国民は、薬草を飲むことでウイルスを封じ込めることができるだろう」と発表し、国民の誤解を招いた。インドネシア政府は、このように非科学的にコロナウイルスに対処していたのだ。(2020年3月16日のインドネシアCNNニュース“Media Asing Soroti Jokowi Minum Jamu Untuk Tangkal Corona” 参照)

インドネシア政府の防疫措置

2020年3月、世界保健機構(WHO)が新型コロナウイルス感染症の世界的大流行を「パンデミック」と宣言した時に、インドネシア政府は本来ならば、医療の専門家、特に感染症の専門家や疫病学者に意見を求め、体系的な防疫措置を講じて国内の感染拡大を止めるべきだった。しかしながら、健康の問題であるにもかかわらず、政府が医療専門家の意見に耳を傾けることはほとんどなく、時には専門家の意見を過小評価したので、政府と医療専門家の意見が対立することもあった。2020年4月以降、インドネシア政府はインドネシア国軍(Indonesian National Armed Forces, 略称TNI)と警察の監視下で国民に外出禁止令を公布し[1]、宗教活動と行動の自由を制限して集会やデモを禁止した。これらは、人権の、特に市民的及び政治的権利において、潜在的侵害を招くものである。

WHOのパンデミック宣言以後、インドネシア政府は確かに政策として措置を講じたが、それを国内全土に行き渡らせていなかった。公共衛生の専門家は、ジョコ・ウィドド大統領の防疫措置は速度が遅すぎて、国民を安心させることができないと考えていた。(2020年3月16日インドネシアBBC ニュース“Virus corona: Jokowi umumkan langkah pengendalian Covid-19、 tapi tanpa komando .”参照)

インドネシア政府は、また毎月防疫の宣伝文句と政策を発表したがる。感染拡大防止にはあまり役立たないが、この大流行に対し、体系的な方針を立てられないインドネシア政府の狼狽ぶりを露呈していると言える。

2020年12月ジュリアリ社会相に贈収賄の疑いがかけられた。新型コロナウイルス対策として実施された貧困層への生活必需品支給に関するものだった[2]。国民がコロナ禍で苦しくもがいている時に、役人はみっともないスキャンダルを起こしていたのだ。

コロナの感染者数と死亡者数が増えるにつれ、インドネシア政府の防疫は困難を極めた。政府は人民の健康に生きる権利(基本的人権の一つ)を保障しなければならない。例えばそれには、防疫最前線にいる医療人員の十分な装備の確保も含まれる。だがコロナウイルスの深刻な病状に対し、インドネシア政府はほとんど何の助けの手も差し伸べていないと言える。感染者数と死亡者数は、2021年6月中旬から未だに収まっていない。

コロナ禍 インドネシア国民への影響

政府が感染ルートを断ち切るために、2020年4月に「大規模な社会的距離制限措施」(PSBB)の実施を発表したが、この措置は、WHOの掲げた2つの目標である感染拡大防止と死亡者数抑制を達成できず、完全に失敗した。政府は国民の健康と経済の発展に優柔不断であった為に、2021年7月、コロナはインドネシアでさらに蔓延した。

2021年7月3日から20日まで、インドネシア政府は感染拡大防止と死亡者数抑制のため、ジャワ島とバリ島に防疫緊急措置(PPKM)を実施した。それ以外の小規模行政区域には、「緊急小規模社会活動制限の措置」 (PPKM Mikro Darurat)、を実施した。しかしながら、これの措置は感染防止には効果がなく、感染者数と死亡者数は増え続けている。

インドネシアのコロナ禍における市民社会団体の役割

インドネシアの市民社会団体(C S O)は、インドネシアの改革開放時代やポスト権威主義時代から活動している組織だ。その団体の多くは、人権や気候変動、健康、法の改正、食糧主権、地権と土地改革、農民と労働者などの問題に積極的に役割を果たしてきた。また、例えば医師、弁護士、農業専門家などを含む多くの団体と個人をその活動に帯同しているので、団体の信頼性は高く、専門分野での経験が豊富である。実は、彼らこそポスト権威主義時代(1998年後)の民主主義の発展に貢献してきた人々である。 

彼らは常にインドネシア政府の防疫措置に注目している。例えばLaporCovid-19市民連合の場合は、コロナが猛威を振るい始め、政府が公式にその存在を認めた2020年3月の初めに、コロナ禍での人権と公共衛生に関心を持つ人々によって結成された。

彼らは市民が通報できるプラットフォームを構築し、これまで政府が把握できず、彼らの知り得た情報を人々と分かち合っている。市民が参加してクラウドソーシングを使って感染者数を記録し、近隣地区にコロナ関連の情報を伝えることで、国内の感染者数を記録するネットワークのかけ橋渡しとなっている。そのネットワークによって、政府と国民は国内の感染の分布と規模などの情報を得ることができ、政府も彼らのプラットフォームに集まったデータを使って防疫措置と対応を計画することができる。

LaporCovid-19は以下の市民団体で構成されている。インドネシア法律扶助協会財団(YLBHI)、テンポマガジン(インドネシアの雑誌)、バンドのエフェク・ルマ・カチャ(Efek Rumah Kaca)、国際透明性機構インドネシア(Transparency International Indonesia)、ロカタル(Lokataru)、人権基金会(Hakasasi.id)、U-Inspireインドネシア(国際的な青少年ネットワーク)、STH Jentera(法学校)、NarasiTV(メディア)、ルジャック都市研究センター(Rujak Center for Urban Studies)、そしてインドネシア汚職監視団I C W(Indonesia Corruption Watch)。インドネシア法律扶助協会財団(YLBHI)は人権擁護団体で、1970年代からインドネシア政府の人権義務の執行を監督し続けている。テンポマガジンはテンポグループに所属し、人権、環境、汚職などの問題に関心を注いでいる。

LaporCovid-19のうちインドネシア汚職監視団I C W、インドネシア法律扶助協会財団、経済社会教育研究所(LP3ES)、ロカタルで構成された市民社会団体は、インドネシア政府の防疫措置が混乱していることを強調した。2020年3月初めの爆発的感染拡大以来、インドネシア政府はパンデミック対策に失敗し、成果が上がっていないとこの団体は見ている。

LaporCovid-19は次のように発表している。政府の防疫措置は問題があるので、死亡者数の上昇を防ぐことができなかった。もし政府が感染拡大のピーク時に予防と防疫措置を講じて断固として実施していれば、死亡率は最初からこれほど高くはならなかった可能性がある。(参照レポート:Kasus Meninggal Melonjak & RS Kolaps, Negara Gagal Tangani COVID?",Tirto.id、2021年7月6日,https://tirto.id/ght5)2020年にインドネシア政府が695.2兆ルピア(約台湾$1.4兆元)を防疫に投入しても、最終的に成果はかんばしくなかった。(コンパスニュース参照、2020年12月20日、“Kebijakan Pemerintah Menangani Covid-19 Sepanjang Semester II 2020.”)

図の説明:2021年7月27日から8月4日インドネシアのコロナ情報・毎日の死亡者数

図の説明:2021年7月27日から8月4日インドネシアのコロナ情報・毎日の死亡者数

コロナワクチンの接種と死亡率

感染拡大ピーク時におけるコロナワクチンの接種の進捗状況は、非常に効率が悪かった。当初、政府と製薬業界は、予防接種計画の中で接種を有料にして利益を得たいと考えていた。何度かの激しい討論の後、政府はやっと全国民にワクチンの無料接種を決めたのである。

ジョコ・ウィドド大統領は、全てのワクチン接種は無料にすると保証したが、それは当初の接種計画で、国営のKimia Frama製薬を通じて行われる予定だった有料接種の計画が取り消された後に決定されたのだった。(インドネシア・テンポマガジン2021年7月16日、“Batalkan Vaksinasi Berbayar, Jokowi Pastikan Seluruh Vaksin Covid-19 Gratis.”参照)

 人々のためのワクチン接種計画がこのように混乱すると、あたかも政府が人々を弄んでいるかのように見えたことを示している。2021年8月3日の時点で、完全なワクチン接種(2回接種)を受けた国民は、2,100万人に達した。とはいえ、2022年5月1日には情勢が少し好転した。インドネシア一回目接種の人数は1億9千9百万人と目標2億8百人の約96%になり、二回目の接種人数は1億6千5百万人と目標の34%に達した。一方で死亡者数は156,273人だった。(詳しくはhttps://covid.go.id、2022年5月1日)。

さらにインドネシアでは、感染検査の問題にも波風が絶えない。PCR検査、抗原検査とも費用が高く、国民の負担にもなっている。例えば、2020年11月を例にすると、PCR検査を受けるには50万ルピア(約台湾$3,037元)かかり、これではインドネシア国民の財布は空になってしまう。 

他の国では検査を無料あるいは費用補助制度を講じているが、インドネシアでは、政府と製薬会社、診療所が高額の検査費用を請求して利益を得ようとしていた。2021年10月27日、インドネシア政府は検査の価格を下げることを決定し、ジャワ島の検査費用は27万5千ルピア(約台湾$557元)、他の地域の検査費用は30万ルピア(約台湾$607元)に設定された。[3]

結論

当初は健康問題に過ぎなかったコロナウイルスの感染拡大が、後には経済問題や社会危機にまで発展した。マレーシアやブラジルなどの国では、国民が政府の防疫措置は不十分だとして、執政者の辞職を要求している。医療体制の整備が遅れていて経済力も弱い国では、このパンデミックが経済と国民の健康に深刻な影響を与えている。インドネシアはその一つの例だと言える。インドネシア政府の防疫措置は、例えば国民を防疫規定に強制的に従わせるところなどが、人権侵害にもつながっている。さらに政府は国民にワクチン接種を受けることまで強制したのだ。

感染が拡大している間、インドネシアの経済はすぐに下降し始めた。国内総生産(GDP)は、2019年の5.02%から2020年には-2.07%落ち込んだ。(資料:インドネシア中央統計局、2021年)このことから分かるのは、将来のインドネシアでは、貧困層の人口が増加し、雇用の機会が失われ、リストラが随所で発生し、国連の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals、 SDGs)の達成は停滞することが予想される。コロナ禍により貧困の谷に陥ったインドネシア国民の数は、總人口の10.98%、即ち486万人に達したと推定されている。(資料:インドネシア財政部、2020: 3)。

2021年インドネシア政府はどう防疫するのか、その対策はまだはっきりしていなかった。混乱を招き、国民の生活は更に困難になるに違いなかった。確かなのは、経済の回復とワクチン接種計画の実施のための対外債務の増加が著しいことだった。

2021年7月は、インドネシア人にとって一生忘れられない月として記憶されるだろう。コロナの最も厳しい時期だった。医療体制が崩壊し、酸素ボンベの不足によって死亡率が急上昇し、コロナで利益を増大させた製薬会社が価格を牛耳る薬品と酸素ボンベの値段が高騰して、手に入らない状態だった。

政府は、国民が防疫規定を守らないと非難を繰り返す一方で、週ごとに法令を替えては国民を自宅に閉じ込めている。貧しい人々に十キロの米を支給したが、他には何も援助していない。感染が拡大する間、貧しい人に支給される生活必需品は、ジュリアリ社会相の汚職に汚された。現在彼は12年の刑を受けている。[4]

2021年7月のコロナによる死亡者数は、2021年6月に比べて348%増えて、約27,409人の増加を数えた。(コンパスニュース参照、2021年8月5日、「7月コロナ死亡者数348%増、8月には下がるとの見込み」)2022年5月1日までで、死亡者数は156,273人に達したが、その大多数は2021年に亡くなっている。(資料:インドネシア防疫専門チーム)

インドネシア政府の防疫措置は、人権活動家からの批判も招いた。アメリカ国務院が発表した「2021インドネシアの人権に関する報告」(Indonesia 2021 Human Rights Report)は、インドネシア政府が防疫の為に実施した健康観察(接触追跡)アプリ「プドゥリリンドゥンギ(PeduliLindungi)」の導入が人権侵害であるとしている。報告には、防疫に使うスマートフォン用追跡アプリのプドゥリリンドゥンギが、国民のプライバシーを侵害し、同意を得ずに個人情報を盗んでいるとある。(コンパスニュース参照、2022年4月19日、<世界新秩序のニーズ>〔Need for New World Order〕)

この人権レポートは、インドネシアのさまざまなNGOや、他の情報源からのコロナ期間中の人権状況に関連する情報に基づいて作成されたものである。従って、インドネシア政府から強い反論があっても、このアメリカ国務院の人権レポートを無視することはできない。

このレポートを読むと、コロナ下のインドネシアでは確かな人権の尊重、特に発言と結社の自由、行動の自由、個人の自由が履行されておらず、国民の生活が軍事化され、表現の自由に圧力がかけられていたことがわかる。国民の自由を弾圧するこれら措置は、すべてコロナによる死亡者数の上昇を防ぐことを目的としていた。実際には、2022年5月1日までのインドネシアのコロナ死亡者数は156,273人にも達している。故に、防疫期間中のインドネシア政府による抑圧と人権侵害の圧力は、人権の尊重を優先する民主主義国家において正当化することはできない。

 

参考資料

インドネシアBBCニュース、2020年3月16日、“Virus corona: Jokowi umumkan langkah pengendalian Covid-19, tapi tanpa komando nasional.”

インドネシアBBCニュース、2020年8月23日、“Juliari Batubara divonis 12 tahun penjara.”

インドネシア共和国中央統計局、2021年。

インドネシア防疫専門チーム、https://covid.go.id、2022年5月1日

インドネシアCNN、2020年3月16日、“Media Asing Soroti Jokowi Minum Jamu Untuk Tangkal Corona.”

インドネシア財政部、Kerangka Ekonomi Makro dan Pokok-pokok Kebijakan Fiskal Tahun 2021: Percepatan Pemulihan Ekonomi dan Penguatan Reformasi.、Jakarta: Kementerian Keuangan, 2020.

インドネシア コンパスニュース、2020年4月16日、“Upaya-upaya TNI dalam Penanganan Pandemi COVID-19.”

インドネシア コンパスニュース、2020年12月20日、“Kebijakan Pemerintah Menangani Covid-19 Sepanjang Semester II 2020.”

インドネシア コンパスニュース、2021年8月5日「7月コロナ死亡者数348%増、8月には下がると見込み」(Up 348 percent in July, Covid-19 Patient Deaths Expected to Decrease in August.)

インドネシア コンパスニュース、2022年4月19日「世界新秩序のニーズ」(Need for a New World Order.)https://laporcovid19.org/tentang-kami

Liputan6.com、2022年5月19日、“Perbandingan Harga Tes PCR, Antigen hingga Masker

Sindonews.com、2021年8月5日、“21 Juta Penduduk Indonesia Sudah Divaksin Covid-19 Secara Lengkap.”

テンポ・デイリーニュース、2021年7月16日、“Batalkan Vaksinasi Berbayar, Jokowi Pastikan Seluruh Vaksin Covid-19 Gratis.”

テンポ・デイリーニュース、2021年7月28日、“Breaking News: Korupsi Bansos Covid, Juliari Batubara Dituntut 11 Tahun Penjara.”

Tirto、2021年7月6日、"Kasus Meninggal Melonjak & RS Kolaps, Negara Gagal Tangani COVID?" https://tirto.id/ght5

アメリカ国務院、2021年7月6日、《2021インドネシア人権報告》

 

[1]コンパスニュース参照、“Upaya-upaya TNI dalam Penanganan Pandemi COVID-19”、2020年4月16日。

[2]コンパスニュース参照、“Breaking News: Korupsi Bansos Covid, Juliari Batubara Dituntut 11 Tahun Penjara,” 、2021年7月28日

[3]Liputan6.com参照、“Perbandingan Harga Tes PCR、 Antigen hingga Masker Dulu dan Sekarang、Bak Bumi dan Langit,” 、2022年5月19日

[4]インドネシア BBC News、“Juliari Batubara divonis 12 tahun penjara,”、2021年8月23日

Illustrators: Zheng Ting-Zhi

Illustrators: Zheng Ting-Zhi